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かめさんの中国ビジネス奮戦記
中国にかかわって30年近くになります。中国との出会い、中国語の習得、そしてビジネスの世界への経験をまとめ、同時に現在進行中のビジネス現場から生の日中ビジネスの姿を公開するものです。
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かめ

Author:かめ
小学生の頃、佐渡の向こうに大陸があって、中国があると聞いた。中学生になって深夜放送に夢中になるが、中国語の甲高いアナウンサーや、変な日本語でお国自慢ばかりしている北京放送が耳につき始める。最初は馬鹿にしていたが、それが興味に変わって行った。それから数十年、中国語の習得、中国駐在、ビジネス、プロジェクト推進など中国と不思議な縁が深まって行く。 振り返れば・・・、面白いじゃないの。 ブログにしてみようと思った。 独断と偏見の中国なんちゃってビジネス奮戦記である。

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古い解説
   私の手元には1983年に買った中国旅行のガイドブックがあります。写真が少なく、見所の説明にはほとんどが「挿絵」しかない。 この一冊を持って、色々と見て歩いたのが昨日の事のように思い出されます。説明も時代の流れを感じさせます。 例えば:

タクシー: 外出するときはタクシー(出租汽車)が便利。中国には流しのタクシーはないのでホテルの服務台(フロント)に頼んで呼んでもらう。
そして、タクシーの写真は「老上海号」。 懐かしい車。

地下鉄: 現在は北京だけ。

三輪車: 主要都市にある小型三輪のタクシーで荷台に乗る。街角にある「三輪車服務台」へ行き、受付で行き先を告げる。

となっています。 確かに市内でも移動するのに色々と苦労しましたね。 食事関係ではこう書いてあります。面白いですね。

朝食: 中国の朝食はおかゆに漬物や点心など。パン、コーヒーなどの洋食も頼めばでてくる事もある。

電話のところでは・・・

国際電話: おおむねホテルの部屋からかけられる。申込用紙に相手の国名、都市名、電話番号と名前、自分の部屋番号と名前、料金支払い方法を書いて服務台に渡し部屋で待つ。北京・上海からなら日本まで5分kじゅらいでつながる。

  そういえば、北京駐在の最初の頃は毎回電話局に申し込んで長い事待たされた覚えがあります。ガイドブックみたいに「5分でつながる」ことはめったに無かったです。
  下の説明は、今では全く有り得ませんね。残念ですが。

落し物・忘れ物: 中国では小さな忘れ物でも、見つかればだいたい返って来る。早急に知らせ、迷惑をかけないうちに処理すること。不要な物を捨てる場合、「不要」と書いて捨てないと再び拾われて戻ってくることがある。

衣服: 「人民服」、言うまでもなく中国の服装の代表。色は紺、グレー、緑があり、ほとんどが木綿製。百貨店などで、人民服7~8元、人民帽1~2元で買える。

   人民服は探せばどこかでかえるのでしょうか?

娯楽・バー: 街にバーは無く、帰宅途中に一杯という習慣も無い。酒やビールも日常はあまり飲まず、至って健全な生活ぶりである。

   これはいつ変わったのでしょうか? 今はいたるところバーばかりですね。
   このようにあげればキリが無いほどです。世の中がこの20数年お間にこれだけ変わるのも大変な事だと思います。はい。

ガイドブック1983

みにくいですが、上海市内の地図。こんなにシンプルだったのですね。
上海市地図1983

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テーマ:中国 - ジャンル:海外情報

この記事に対するコメント
亀先生、早上好。我剛才念了亀先生的評語。
 我剛才念了亀先生的評語。今天、我再来自己介紹一下。 
 我的生日:1957年11月18号
 皮艇経歴:15年左右 工作:東京都的公務員
 妻子:従広西(桂林)来的、両年以前手到日本国籍。
 サリン事件があった日、私は北京の胡同(故旧の東隣の南池子大街という場所でした)におりました。そこの胡同の方(当時、北京語を習っていた老師の友人)から「東京で大変なことになっている」と知らせれ、我馬上開了電視机、但是不能観新聞。当時、そこの胡同は毎星期二、停電でした。
【2006/04/11 08:41】 URL | 丁稚 #- [ 編集]

切り分けた林檎から知った中国
  故旧は故宮の誤り、対不起です。ちなみに家の母は「中国の人は御免なさいとか、すみませんという言葉はしらないの?」といいます。ここでの中国人とはもちろん我太太のことであります。
 さてサリン事件のあった夜、当時の中国語教師の友人達と夕食(刷羊肉)をともにし、ご馳走になりました。せめてデザートぐらいはと私は屋台で買ってきた林檎を皮を剥いて4つに切り分けてだしたのですが、(今想うとそのとき彼らの目は点になっていたような)それがきっかけで中国人気質を知ることになり、先輩(中国語で一日中暇という意味になる会社の北京支店に7年赴任いておりました)の言葉(日本人の持っているいいイメージの中国を壊すのは中国人だ)を想起来したのでした。
【2006/04/11 10:04】 URL | 丁稚 #- [ 編集]

丁稚さま
中国語で売ったら文字化けしてしまいました。このブログでは中国語だめみたいですね。
私は59年の早生まれなので、学年でいうと私はやはり一つ下になります。
サリンのときはまさに広西の梧州市にいました。帰りに広州事務所によって始めて知り、驚きました。 またりんごの話や全○○の方のお話もお聞かせ下さい。
【2006/04/11 16:25】 URL | かめ #- [ 編集]


  全○○の先輩とはあるスポーツサークルで知り合いました。残念ながら久しくご無沙汰しております。先輩は勤務先の海外路線進出のため北京に赴任されました。スポーツサークルの毎月の会報にも天安門前広場で人民解放軍の兵士と肩を組んだ写真を載せていました。しかし、例の事件をきっかけに先輩のかの国に対する感情は180度変わったようでした。3年の予定だった北京赴任は事件のため、つごう7年に亘り、そして帰国。先輩から中国語や中国事情についてお聞きしたいと思ったのですが、先輩から「自分で行って、自分の目で見たほうが良い、ツアーではなく一人で行くこと。中国語も人に聞くと身に付かない、自分で調べて分からなかったら人に聞け」とアドバイスを頂いたのでした・。そして謝謝の正確な発音はもちろん、ピンインも知らずに香港に向け旅立ったのでした。
【2006/04/11 20:44】 URL | 丁稚 #- [ 編集]

必需品は日本製の電卓と外国タバコ
 20年程前、北京に赴任した先輩のアタッシュケースの中には電卓(日本製に限る)と外国タバコは必ず入れていたそうです。あるとき先輩の乗っていた車はに北京の街角で、公安に止められました。そして司机の免許証は取り上げられ、公安局まで取りにくるようにといわれたそうです。公安局の入り口で先ず、外国タバコを警備の警官に渡し、建物内に入ってもまた渡し、署長室に入るときにも渡し・・・。署長室に入ると、そこにいたのは司机の免許を取り上げた警官でした。先輩は電卓を渡すと「これは初めて見るタイプだ」と言って机の引き出しにしまったそうですが、そこには日本製の電卓が複数入っていたそうです。
【2006/04/12 14:16】 URL | 丁稚 #- [ 編集]

20年ふた昔
そうですね、年末になるとカレンダーの束をホテルや関係の役所にばら撒いたり、
テレックスの時代、しかも電信局にあの穴の開いたテープを持っていってた時代には
電信局jへの付け届けもありましたっけ。
電卓はいまやMADE IN CHINAですね。
【2006/04/12 21:44】 URL | かめ #- [ 編集]

北京の林檎
 中国語教師の友人・L氏とF小姐にご馳走になった私は、食後に林檎を食べやすいように、皮をむいて4つに切り分けてだしました。しかし彼等は手を出そうとしませんでした。私は「別客気、請吃パ」と言いましたが・・・・。そのときはまだ中国では手のひらサイズの水果を切り分けて食べないことは没知道でした。梨を切ることは分梨(離)につながるから切り分けないなど。そして北京最後の夜に・・・・・・
【2006/04/12 22:26】 URL | 丁稚 #- [ 編集]


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