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かめさんの中国ビジネス奮戦記
中国にかかわって30年近くになります。中国との出会い、中国語の習得、そしてビジネスの世界への経験をまとめ、同時に現在進行中のビジネス現場から生の日中ビジネスの姿を公開するものです。
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かめ

Author:かめ
小学生の頃、佐渡の向こうに大陸があって、中国があると聞いた。中学生になって深夜放送に夢中になるが、中国語の甲高いアナウンサーや、変な日本語でお国自慢ばかりしている北京放送が耳につき始める。最初は馬鹿にしていたが、それが興味に変わって行った。それから数十年、中国語の習得、中国駐在、ビジネス、プロジェクト推進など中国と不思議な縁が深まって行く。 振り返れば・・・、面白いじゃないの。 ブログにしてみようと思った。 独断と偏見の中国なんちゃってビジネス奮戦記である。

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四人組
  先日の新聞を見て驚いた。 あの四人組の最後の生き残り、姚文元が年末にひっそりと亡くなっていたという記事を見つけたのだ。 私が本格的に中国語の勉強を初め、中級クラスに進んだ時、教材の不足に困っていたが、結局当時の人民日報や、共産党の宣伝文を言葉の「教材」として使った。 まさに四人組を捕まえた華国鋒ほかの実務派が勢いを得ていた時代で、教材の中、多くが四人組を批判するものであった。 四人組とは言わずとしれた、江青、張春橋、王洪文、そして姚文元の四人である。 毛主席の指示をゆがめ、人民を愚弄したとの罪で死刑や終身刑に処せられた者達だ。 78年には彼らの裁判がドラマのようにテレビで放送され、食い入るように見ていたのを覚えている。 裁判所、と言うよりは「劇場」のような場所で、被告に対して次々と証人たちが涙を交えてその罪を暴露していた。 本当に役者を使ったのではと思えるほど、演技がかっていた。 しかし江青はある意味偉かったと思う。 普通なら政治勢力の流れを見極め、観念して情状に訴えるであろう場面に、彼女は絶対に自分を曲げなかった。 中国共産党の革命の歴史のうち、もっとも困難とされた、「長征」。 何十万もの兵士が隊列から次々と離れ延安の革命根拠地に着いたときには数万しか残らなかったと言われている苦難の行軍。 実はこの間江青は最後まで毛主席のそばを離れなかったのだ。 裁判では裁判長以下に対し「あの困難な時期に最後まで主席を守ったのは私だ、お前達はどこへ逃げていったのか!?」と詰め寄る姿は感動的であった。 もとより茶番の裁判である。 江青の方が何枚も役者は上手であった。 毛沢東の後妻であり、それこそ女優上がり、政治や軍事がわからない分、人を見極める、或いは自分自身演技をするといった能力には長けていたのであろう。
  しかし、中国の歴史はやはり江青ほか四人組に容赦はなかった。次々と獄中で死に、姚文元も懲役20年、政治権利剥奪5年の刑に服して96年に釈放され、晩年は上海で余生を送ったという。 
  もともと1965年、姚文元が歴史劇「海瑞罷官」を猛烈に批判したのが文化大革命の始まりとも言われている。 彼は文化大革命中一貫して理論的な支柱であったらしい。 私はすでに「悪人」にされていた彼の写真や映像を見て、「海坊主」だな、と思っていた。悪人面していた彼について興味も持たなかったのが正直な所であったが、その後文化大革命とは一体何だったのだろう、と考えるとき、彼も共産党指導部の中のパワーゲームの犠牲者だったのかもしれない。 中国の、また一つの歴史の節目が去っていった事は間違いない。

*8日、松戸市長杯カヌーレースに参加
松戸市長杯カヌーレース


*レース後、静かになったコース
レース後のコース

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テーマ:中国 - ジャンル:海外情報

この記事に対するコメント
状元への道
4人組批判文書が教材だったとは恐れ入ります。中国はほんと政治の国ですね。江青もあそこまで上り詰めるのですから大した女だったんでしょうね。ただなんで毛沢東はあんなカマキリのような女にほれたのでしょうか?
それにしても政治の流れってほんと怖いですよね。天下からすべると今度は極悪人。ふつうの人は耐えられずに死んじゃう。そういう意味では姚文元も今まで生きてたんですから大した玉ですね。
【2006/01/08 20:18】 URL | zhuangyuan #- [ 編集]


状元殿、コメントありがとうございます。
部屋の本を整理していたら、昔の自分の文章やらが出てきまして、
当時の中国人との交流が書かれていました。 皆一様に文革時代の
被害を訴えているのがなにやら今となってはおかしく思えます。
【2006/01/09 16:25】 URL | かめ #- [ 編集]


かめさん、先日はmy blogをお訪ねくださりありがとうございました。
「四人組」と聞いて思わず、台本「小平・12回シリーズ」(中国共産党・中国中央TV制作
 平成9年3月NHK衛星第一で放送)を取り出しました(私は昔、海外ドキュメンタリー番組の日本語版制作ディレクターをしていました)。ご覧になっていませんか。中国の歴史には全く疎く、お勉強をしいられただけに、小平シリーズは特に記憶に残っていますが、四人組の名前は江青以外すっかり忘れていました。政治大国の歴史はドラマよりドラマティックですよね。台本のこんな一節が目にとまりました。「『長征の時何をしていたの?』 小平の答えはきわめて簡単でした。『行軍、到着、また出発。』」かめさんは中国の政治家で誰が好きですか。またおじゃまします!
【2006/01/15 11:50】 URL | larus #- [ 編集]


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