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かめさんの中国ビジネス奮戦記
中国にかかわって30年近くになります。中国との出会い、中国語の習得、そしてビジネスの世界への経験をまとめ、同時に現在進行中のビジネス現場から生の日中ビジネスの姿を公開するものです。
プロフィール

かめ

Author:かめ
小学生の頃、佐渡の向こうに大陸があって、中国があると聞いた。中学生になって深夜放送に夢中になるが、中国語の甲高いアナウンサーや、変な日本語でお国自慢ばかりしている北京放送が耳につき始める。最初は馬鹿にしていたが、それが興味に変わって行った。それから数十年、中国語の習得、中国駐在、ビジネス、プロジェクト推進など中国と不思議な縁が深まって行く。 振り返れば・・・、面白いじゃないの。 ブログにしてみようと思った。 独断と偏見の中国なんちゃってビジネス奮戦記である。

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今度は大連へ
ビジネス日記「商社編」⑫

   大阪ではエキサイティングなビジネス体験をしながら、中国プロジェクト、東南アジアプロジェクト、そしてその他欧米などの商売と、幅広くビジネスのフィールドは広がって行った。 そしていつかそうなるだろうな~、と思っていたが、課長職を拝命した。 国内ではこの頃が最も充実していただろうか。 
   ところが3年の課長職の間、うまく行く事ばかりではなかった。 97~98年の通貨危機とインドネシアでの華僑排斥運動で、多くのインドネシアの金持ちたちはシンガポールへ資金を移し、マレーシアでの事業などへ投資、リスクをヘッジしていた。 我々はそうした華僑と組んでマレーシアでのある事業に着手した。 日本では販売会社を合弁で設立し、製販一体での事業は当時としては非常に良い発想だった。 ところが、日本の景気は鍋底を這い、更に底割れの状態であった。 結局この事業は発想と仕組みは良かったが(と今でも信じているが)、不景気の世の中の現実は厳しかった。 合弁会社への貸付金の大半が返ってこなかったのだ。 物流益などでトータルでは会社に損害を与えたつもりは無かったが、一億円近い金がもどらなかった現実に対し、責任をとらなければならない。 結局一旦課長職を解かれた。 三ヶ月ほど経ってほとぼりが冷めた頃、上層部の配慮で大連にある法人の社長としてまた中国へ赴任する事となった。 正直当時の大連の事をあまり知らず、ちょっとがっかりしていた。 そのような落ち込んだ気分のまま2000年の12月27日、正月休み前で皆がうきうきする季節にワタシは関西空港から大連へ赴任した。 その日大連は大雪、なんか気分も暗くなったが、結果としては、二度目の駐在地として大連ではまた予想外にすばらしいビジネス環境が待っていた。 大阪時代よりも商社マンとして最も充実した期間を過ごせたと思う。

*12月第一週の南伊豆ツアー、遠くは大島。
 カヤッカーの憧れの師匠、塩島さん撮影:
南伊豆ツアー

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テーマ:中国 - ジャンル:海外情報

この記事に対するコメント

かめさんは、社長さんだったんですか。
さすがに、その貫禄は十分にうかがえます。
【2005/12/26 01:42】 URL | beluga #- [ 編集]

社長
そうですよん。従業員40名強の大連保税区の会社のしゃちょさんでしたのヨン様。
毎月、月末になると「金が足りなくなる」夢を見てうなされていました。
【2005/12/26 11:04】 URL | かめ #- [ 編集]


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