かめさんの中国ビジネス奮戦記
中国にかかわって30年近くになります。中国との出会い、中国語の習得、そしてビジネスの世界への経験をまとめ、同時に現在進行中のビジネス現場から生の日中ビジネスの姿を公開するものです。
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かめ

Author:かめ
小学生の頃、佐渡の向こうに大陸があって、中国があると聞いた。中学生になって深夜放送に夢中になるが、中国語の甲高いアナウンサーや、変な日本語でお国自慢ばかりしている北京放送が耳につき始める。最初は馬鹿にしていたが、それが興味に変わって行った。それから数十年、中国語の習得、中国駐在、ビジネス、プロジェクト推進など中国と不思議な縁が深まって行く。 振り返れば・・・、面白いじゃないの。 ブログにしてみようと思った。 独断と偏見の中国なんちゃってビジネス奮戦記である。

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チベット(2)
   チベットの悲劇を口にする事はタブーである事は誰もが知っています。個人的にも中国人と酒を飲みながらあまり生産性の無い議論をする中でも「他は譲れても、チベットと台湾問題は譲れない!」と強い反応が返ってきます。そもそもチベットで何が起こったのか日本人はほとんど知らないといっていいのではないでしょうか。と言いながら私自身も「知っている」とは言い難いのが正直な所です。しかしそれなりの情報は入るものです。
   私がチベットを訪れた1985年当時、残念ながらチベットにはおよそ20世紀を思わせる物は本当に何もありませんでした。本当は中国政府も外国人にチベット(ラサ)を開放したくなかったはずです。しかし、チベット人たちの反漢族支配運動に関する西側報道が「根も葉も無い事」とするために、なんとか押さえ込んだラサを開放して「ほら御覧なさい」と言うがために開放したのだと今では思われます。事実その後僧侶達の暴動が激しくなり一時期ラサを閉鎖しました。
   そのラサでさえ、どうみても壊されたような寺院がならんでいました。 その頃ニューヨークタイムズ紙の元北京支局員だったエドワード・ガーガン氏がよく中国政府の少数民族文化破壊政策を報道していました。ここチベット、そして湖南省のミャオ族が主な対象でした。ミャオ族は明、清の時代を通じて漢族と何度も戦った勇敢な民族です。原始的な焼き畑農業文化を持ち結束が固いのです。政府は「少数民族文化を守る」「民族大家庭」と宣伝しながら、実は1980年ごろまで彼ら彼女らの民族衣装、伝統行事など民族の風習は禁じられていた事も意外に知られていません。
   チベットについて言えば、1959年に解放軍により独立運動が弾圧されてから、「自治区」と呼ばれていますが、これほど偽った名称は無いのではないでしょうか。繁栄していた独自文化は組織的暴力的に破壊され、何千もの武装警官を動員して僧侶を監視し、北京から派遣された官吏たちによって支配されています。時々反抗する僧侶に対しては逮捕射殺される者も含め、弾圧されているようです。中国政府はこうした措置を「歴史的に統治権を持っている」事として正当化していますが、少なくとも歴史研究の内容によれば、中国(王朝)が「統治」していた事を裏付けるものはなく、1951年解放軍がラサに到着するまで、チベットは事実上の独立国家であった事が今では定説になっています。
   中国のチベット紹介のパンフレットを見ると、中華の為に喜んで働くチベット人が載っています。その不自然さが却ってチベットの実情を表しているように思えます。 さて21世紀のチベットはどうなっているのでしょうか? 最近行かれた人の話を聞いてみたいと思っています。

ラサ、ポタラ宮殿前
ポタラ宮殿


ラサ市内の寺院で祈る人々
ラサ市内の寺院


前の記事参照。 鉛筆を欲しがる少女
鉛筆を欲しがる少女

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テーマ:中国 - ジャンル:海外情報

この記事に対するコメント

チベットで起こったことは、確かに日本ではあまり知られていません。
ことチベット問題については、日本政府の公式見解でさえ、中国の内政問題で
平和的に解決されることを望むという程度の認識です。しかし、現実問題としては、
右の見解以上に何らの具体的措置も国際的に取れないのが実情かもしれません。
それにつけても、この写真のイケメンは誰でしょう? 諸行無常のこの世の移ろいを
思わずにいられません。
【2006/05/29 01:32】 URL | ベルーガ #- [ 編集]

諸行無常の響き有り
実はこの頃、酒を飲んでふらふらしている隙に眉毛をそられてしまっていました。前髪とめがねで眉毛を隠しているのです。
【2006/05/29 11:29】 URL | かめ #- [ 編集]


 チベットのことは私の妻は知りませんでした。以前、「ダライラマって知ってる?」と聞いたところ妻の答えは「不知道、他是誰?」でありました。某国の拉致問題についても中国にいたころは聞いたことが無いと申しておりました。自国、友好国にとって都合の悪いことは「報道しないもんねエ」ってところでしょうか。
【2006/05/29 20:50】 URL | 丁稚 #- [ 編集]


丁稚さん、それが普通の中国なんだと思います。
新聞をみたら、日露戦争の戦利品として海軍がもちかえり、皇居に保存されている渤海国の何とか言う石碑について日中共同研究の提案が出ているようですが、いずれ返還要求に増幅されるでしょう。もとより彼らのものですので、宮内庁も早めに手を打って欲しいと思います。 が、渤海国とは「高句麗」の後に興った国。 共同研究もいいけど韓国が黙ってないでしょうね~。 渤海国は韓国(朝鮮)の歴代王朝の一つと彼らが考えている事が十分予想されますので。
【2006/05/30 01:10】 URL | かめ #- [ 編集]

祝ni一路平安
 岩地のレースでの御健闘を祈ります。亀先生、ni自己開汽車去岩地na?祝ni一路平安。
【2006/06/02 20:30】 URL | 丁稚 #- [ 編集]

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【2006/06/05 11:01】 | # [ 編集]

岩地
丁稚さんありがとうございます。今年は海況もよく、皆良いタイムでした。ワタクシメも目標の2時間10分を更にうわまり、2時間丁度でゴールできました。
【2006/06/06 00:14】 URL | かめ #- [ 編集]

恭喜、恭喜
 目標タイムを更新されてのゴールとのこと、恭喜恭喜です。私の方はアーチェリーの試合で3試合連続で不甲斐ない成績です。
姫野さんのサイトでかめさんの力漕するお姿を拝見しました。非常好看ですね。次回お会いしたとき、岩地のレースについてお聞かせください。太辛苦了。
【2006/06/07 19:28】 URL | 丁稚 #- [ 編集]


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