かめさんの中国ビジネス奮戦記
中国にかかわって30年近くになります。中国との出会い、中国語の習得、そしてビジネスの世界への経験をまとめ、同時に現在進行中のビジネス現場から生の日中ビジネスの姿を公開するものです。
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かめ

Author:かめ
小学生の頃、佐渡の向こうに大陸があって、中国があると聞いた。中学生になって深夜放送に夢中になるが、中国語の甲高いアナウンサーや、変な日本語でお国自慢ばかりしている北京放送が耳につき始める。最初は馬鹿にしていたが、それが興味に変わって行った。それから数十年、中国語の習得、中国駐在、ビジネス、プロジェクト推進など中国と不思議な縁が深まって行く。 振り返れば・・・、面白いじゃないの。 ブログにしてみようと思った。 独断と偏見の中国なんちゃってビジネス奮戦記である。

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野村先生、長い間お疲れ様でした
  ちょっと前の話になりますが、二松学舎大学文学部長野村教授が本年の3月末を以て退職されました。まだまだ学校の発展のために頑張って頂きたかったのに、と思うのは何もしなかった一卒業生のわがままかも知れませんが、このニュースには驚きました。中国近代文学の研究、中国語教学理論の研究、大学100年の計を持った経営手腕、グローバルに学生と向かい合える数少ない先生ではなかったでしょうか。

  われわれの業界にもいろいろな大学からその専門知識を求められて来られる人がいます。全てががそうでは無いことは当然ですが、多くの「金銭目当て」「名誉目当て」の先生を目の当たりにしてきました。実業界での出世やシェア拡大の競争があるのと同様に、先生方にも競争の原理がある事は当然とは思いますが、その昔、会社という組織はたたけば金が出てくるとばかりに露骨に金を要求された某地方国立大学の化学系教授には幻滅を通り越して、怒りさえ覚えました。大学教授といえども普通の人扱いされる昨今ではありますが、野村先生が輩出した実業界、教育界の人材の数は大変のものになると思います。残念ながら定年を前にして早期に退職された理由はわかりません。

  ブログを始めた頃にいろいろと学校の事を記事にしましたが、多くの仲間たちが野村先生に人生を変えてもらったのではないでしょうか。いつも学校やOB会に行けば会えると思っていましたが、先生は第二の人生に向かって歩みを始められてしまいました。自分は大学や先生や研究会の恩恵のみを享受してきましたが、いつかは恩返し、と思うばかり、そのままこの時を迎えた事を非常に恥じております。幸い、退職のお祝いパーティーにOB、現役の多くの仲間とともに参加できた事を喜びとするのみです。
せめてこれからのOB会活動に少しでも協力できればとひそかに反省しているのでした。

  先生がこっそり本か辞書の編纂に取り掛かっている事を期待しております。

退職記念パーティー会場 
野村先生退職


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師走
  もう11月も終わりに近づき、12月に入ります。年を重ねるごとに一年の過ぎる速さが増すように感じます。不惑の年もとっくに過ぎ天命を知る領域に向ってすべるように時間だけが流れて行きます。自分自身は20代の頃と変わってないように感じますが、最近久々に会った人から「毒気が抜けた」とか「悟りの境地?」とか「色気?が無くなった」とか「ストレス疲れ」などと言いたい放題言われております。ただなんとなく未知の世界にとにかく突っ込んで行くような無謀な勇気のようなモノは無くなって来たように感じます。

  さて、師走です。この師走、以前は中国語が語源だろうな~とぼんやり思っていました。が、日本語の古い言葉が元のようです。小さい頃、親からは、「12月になると忙しくて師(=先生)も走り回る」というような意味と教えられました。語源由来辞典によると、語源には諸説あって正確なモノは今もって不明という事ですが、主流の説は、師匠の僧がお経をあげる為に東西を馳せる月と解釈する「師馳す(しはす)」だそうです。この説は平安末期の「色葉字類抄(いろはじるいしょう)」に「しはす」の注として説明されている、との事です。
現代の「師走」と漢字も近く、古い説なので有力説となっています。この「師馳す説」を元に師走の字が当てられたらしいのです。

  中国の十二月はどういうイメージなのでしょう。旧暦と新暦が混在していますが、年の終わりの月、という意味で考えてみます。特に月全体をあらわす言葉は見つかりませんが、「大年三十」とか「除夕」という言葉が12月を代表する言葉です。そして新年「春節」を迎え「宣(サンズイ)染和増加節日的気分」の為に、家門には「吉祥的話」が書かれた「対聯」を貼り、「寄託和祈願新的一年里的全家幸福」します。門には更に「福」の字が貼られます。中には逆さに貼られているものもあります(むしろ逆さが多い)。これは「福到」の意味を「倒」(同音)する事で表しているのです。更に「掛貼」という彫刻(透かし彫り)の飾り物を門上につける場合もあります。対聯は右から読むのか左から読むのかだいぶ長い間知りませんでしたが、これは右からです。そして上には「横批」があります。

  日本は年越しそばですが、中国は「魚」を食べ、「年糕」や「餃子」を食べます。魚は「年年有余」の意味(余と魚が同音)、年糕は「年年高」の意味。餃子は「金元宝」に形が似ていることから「象徴着財福」という事のようです。ただ中国は国土も広く、習慣は地方によってもかなり異なります。春節の季節を中国で過ごす事は、今の時代にあって、古きよき習慣を垣間見る数少ない機会だと思います。しかしながら、先日中国の友人から「最近は春節に家族で旅行へ行くのが流行っている」という話を聞きました。確かに7連休だし、経済的に余裕のある人達は国内旅行、特に冬場は海南島が人気と聞きました。そのうち(もう既に始まってる)海外旅行が一般的になり、春節含めた中国の連休中は億単位の旅行者が世界中にあふれる時代が来る事でしょう。マナーの問題が眼に見えるようですが。

冬到来、空気や水が澄みシーカヤックのベストシーズンです。
遠く富士を望む(内房、竹岡沖)
  内房から富士を望む


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罵語
  もう少し古い話しになりつつありますが、ワールドカップ決勝での事件はちょっとショックでした。 勿論ジダンの「頭突き」問題です。 イタリアの選手が何を言ったのか、ご両人しか知る由もありませんが、母親への侮辱であったとか。 こと悪口に関しては日本語ほど「君子」的な言語はないであろう。 母親が出てくるのは「おまえの母さん出べそ♪」くらいのもので、これもいい大人が使うわけには行かない、子供の悪態である。 
  中国語はその点、すさまじい種類の「罵語」があり、これを研究するだけで、間違いなく論文ができあがる。 「○×二ーマー的▲□!」などは序の口、お婆さままで「やって」しまう。 「おまえはオレの孫だ」というのは婆さまをやって、その孫がおまえだ、という事で、相当な侮辱になる。 うそかほんとか千葉県の「我孫子」には中国人は寄り付かないらしい。 その他にもご先祖様の墓を暴くとか、おふくろさんが犬とやった息子だとか、とにかくすさまじい種類と内容の「罵語」がある。 中には「ほ~、これが・・」と関心するようなものもある。 ここに書き連ねられないのがホント残念です。
  北京駐在の頃、日本から年配の「エライさん」が来て、中国のお客様と会食。 丁度その担当者が息子と言ってもおかしくない年頃だったのだが、それをお酒とともにやはりそう言い出した。 「いや~、あなたは私の息子だよ」、日本では親しみを込めたお話しだが、中国ではかなりヤバイ。 通訳をしていたので、話しの流れを壊さないよう、「いや~、君は若い。私の息子と同じ年だと思うよ。」とギリギリの訳でかわした。


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横浜か横濱か
  以前大連で浜崎さんという人がいて、その方の名前を中国人スタッフが「bang1 qi2」と言っていました。 濱崎さんなので、「bin1 qi2」が正しい、と言ってもだめです。驚いたことにそれだけでなく、「京浜東北線」が「jing1 bang1 dong1 bei3 xian4」になっておりました。 横浜の浜は濱の日本の略字、これが中国のほかの簡体字(bang1と読む)と偶然同じなので、中国では濱扱いされなくなっておりました。 日本の漢字と中国の漢字は異なり「音同字不同」だったり「字同音不同」になってます。特に日本の略字が中国と異なる場合、中国で使う名刺について、旧字体を使うか、中国語の名刺を作っておいた方がいいでしょう。

  逆のケースがあります。 これだいぶ以前にも記事にしましたが、「瀋陽」です。 日本では「沈」と「瀋」は別の字。 でも中国では沈は瀋の字の簡体字。 日本人が「ちんよう」としているのも困った現象です。
(沈国斎)

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ブタ年
   はやいもので、今年は戌年、来年は亥年。 私はイノシシ年なので、来年は年男。 何回やってきてもうれしくもなんともない。

   日本ではイノシシだけど、中国語ではブタ年ですね。 十二支は中国から伝わったものだから「ブタ」が本当は正しいのだろうか。 う~ん、ブタ年だったらイノシシの方が比較的良いかな。 しかしどうしてこの違いが発生したのでしょうか。 どなたかに教えて頂きたいのですが。 他の干支にはこういう違いは無いでしょうね。

   自分なりに分析してみました。 元々やはり「ブタ年」であった。中国語でイノシシは野猪だから、猪とわざわざしているならブタであろう、と考えてみた。 さあ、これが古代日本に伝わったが、日本には「ブタ」は居なかった。 そもそもブタは中国ではずいぶん古くに家畜となった。 けもの肉を食わない日本人が住む国では山のイノシシしかいない、ブタはいないのだ。 そこで、中国からわざわざ十二支を教えていただいて、最後のブタに来て、はたと考えた日本の偉い人が、それはあのイノシシと一緒だろう、という事でイノシシ年にした、という訳。

   ちなみに「豚」という字は現代中国語では「子豚或いは豚」となっているが、会話の中では聞いた事がない。 時代は下って、日本人もケダモノの肉を食らう習慣を身に着けた。 豚はうまい。 しかし、猪という字はイノシシと訓読みしてしまったので、ブタを表す漢字を探さざるを得なくなった。 ちょうど「子豚」を意味する豚の字があったのでこれを当てた。 だから十二支のイノシシ年は本来「ブタ年」のはずなのに、日本では「野猪年」になってしまったのである。 あやしげな日本昔話である。 

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